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無形文化財

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年5月1日更新

小野町の獅子舞

大倉獅子舞・新田内長獅子舞・浮金小獅子舞の3件の獅子舞が「小野の獅子舞」として福島県指定重要無形民俗文化財に登録されています。

大倉獅子舞      福島県指定重要無形民俗文化財(昭和56年3月31日指定)

塩釜神社と大倉獅子舞については、地区に伝承が残されている。
坂上田村麻呂は悪賊を退治する際、陸前・塩釜神社に神護を祈願したところ、たちまち退治することができたので、その神恩に感謝するため明神山に塩釜神社を奉還した。
その後、元久元(西暦1204)年に先崎主水、郡司内膳の両人が使者として陸前・塩釜神社に請願をたてた際、角膳2つの間に納められた御幣を拝受し、持ち帰った。
御幣は神社に奉納したが、先崎主水はその角膳をもったいなく思って自宅に秘蔵した。
その後、子孫の先崎主殿という者がこの角膳を頭として神楽獅子を舞い、塩釜神社の祭礼に奉納したのが大倉獅子舞の始まりとされている。

太郎獅子4、次郎獅子4、雌獅子1の計9匹、それにささら振り2が加わって舞う。

小野大倉獅子舞の写真  小野大倉獅子舞の写真 ookuraH27

 

新田内長獅子舞      福島県指定重要無形民俗文化財(昭和56年3月31日指定)

地区の八雲神社に伝わる獅子舞で、太郎獅子5、次郎獅子5、雌獅子1の計11匹の獅子で構成される、県内では最も数の多い獅子舞である。
創始年は不詳だが、大倉獅子と類似点が多く、同系列の獅子舞であることがうかがわれる。

永禄5(西暦1562)年に勧請と伝わる八雲神社の由来によれば、幾多の災いを鎮めるために、獅子舞を奉納するようになったという。
その後、飢饉(ききん)などで生活が困窮するたびに途絶えたが、新田内の渡辺氏の祖先、勘之丞(完成6〈西暦1794〉年生)が嘉永5(西暦1852)年に飯豊の庄屋である大方家から獅子舞の衣装や道具を寄進され、復興に尽力したと伝えられる。

現在、毎年9月の八雲神社祭礼に獅子舞が奉納されている。

新田内長獅子舞の写真  新田内長獅子舞の写真 nittautiH27

 

浮金小獅子舞      福島県重要無形民俗文化財(平成7年3月31日指定)

天明の大飢饉(ききん)の後、村の繁栄と安全、悪魔逃散、悪疫の防止などを祈願して、菅布禰神社に獅子舞を奉納したのが始まりと伝えられている。
もとは胸に太鼓をさげ、叩きながら踊っていたというが、舞い手が子どものため重くて踊りにくいということで、現在のような略式形になったという。

小獅子には、浮金地内の小学校高学年から中学生の男子4名が選ばれて舞い手となる。
ほかの地方の獅子舞に比べると、動きが激しく雄壮活発な舞いが特徴である。

浮金小獅子舞の写真  ukiganeH27 ukiganeH272

 

 

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