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| 小野町の概要 |
| 町 章 |
| 小野町の頭文字「小」を円形に図案化してるもので、町の飛躍的な発展と町民の融和団結を象徴したものです。庁舎落成を記念して、公募により制定しました。 (昭和35年5月制定) |
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| 町の花 |
| つつじ |
| 福島県立自然公園の 高柴山は町の花 『つつじ』の名所。 5月中旬、山頂は 紅色爛漫です。 |
| 町の木 |
| 杉 |
| 町を代表する諏訪 神社の神木 翁杉・媼杉は 国の天然記念物。 樹齢1200年 を誇っています。 |
| 町の鳥 |
| かっこう |
| 町の鳥かっこうは、 活力の象徴。 5月初めに飛来し、 すがすがしい歌声 を聞かせてくれます。 |
| 小野町の花・木・鳥 |
| 町 民 憲 章 |
| 1.郷土を愛し、自然に親しむ平和な町にしましょう。 |
| 2.体力づくりに励み、健康で明るい町にしましょう。 |
| 3.熱意と誇りを持って働き、楽しい町にしましょう。 |
| 4.教育と文化を大切にし、知性豊かな町にしましょう。 |
| 5.互いに助け合い、心やすまる町にしましょう。 |
| (昭和54年8月制定) |
| 概 況 |
| 小野町は阿武隈山系の中部、田村郡の南部に位置。四方を標高700メートルを越える山々で囲まれています。 町の中央を太平洋に注ぐ右支夏井川が爽やかに流れ、これにそって平坦地を形づくっています。 標高は市街地で400メートル。まわりを阿武隈高原中部県立自然公園に囲まれています。ここの北部高柴山にはヤマツツジ3万株の群生。東部矢大臣山にはアズマギクが群生し多くの観光客を集めており、これらを含め町内の3ヵ所が「福島緑の百景」に選定されるなど優れた自然環境資源を誇っています。 |
| 歴 史 |
| 小野郷の地名は倭名抄(わみょうしょう)にある。以前は「七里ヶ沢」とよばれていたことがわかっている。遥か平安万葉の時代、桓武天皇の御世のこと。征夷大将軍として朝廷の命を受けた坂上田村麻呂の東征後、救民撫育使として当地方を治めた小野篁(おののたかむら)の名にちなみつけられたという。ほかに小野六郷という呼称も残っている。 小戸神の東堂山満福寺は坂上田村麻呂の勧請として知られている。今も家畜の守護等で厚い信仰が持たれている東堂山は、かつてこの地方の馬産信仰の中心で、北関東から陸前の南部にかけて講中を持っていたという。 また仲町地区にある矢大神社は、小野篁を祭神とし、今なお人々の尊崇を集めている。 小野篁によって教化された「おの文化」と産業の歴史は近世にいたっても藩政にしばられることなく、会津や三春とはまたひと味違った民衆文化として花開くのも、そのルーツは小野六郷の昔にあるといえよう。 現町名ばかりではない。町の夏を彩る風物詩たかむら踊りも小野篁の名にちなむものだ。 その篁の娘とされているのが、わがロマンの祖小野小町だ。小町は平安時代初期に活躍した女流歌人。紀貫之が古今和歌集で選んだ六歌仙のうちただひとりの女流としてあまりにも有名である。佐竹本「三十六歌仙絵巻」にのる小野小町は後ろ姿で描かれている。これは小野小町の美しさにより、画家をして描くのをためらわせたからだという。古今和歌集には十六首が収められ、また篁に連れられ京に去る小町の美しさに魅せられ振り返ったという片葉葦(町の数カ所に現存)のほか、百夜通いの深草の少将とのロマンス等様々な逸話も伝わる絶世の美女だった。 小町は篁とこの地の長者の娘愛子(めずらこ)の間に生れた。それから1200年。小町は今もふるさとの夢の中に息づいている。 |
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| 自 然 |
| 阿武隈山系の中心地に属し、田村郡の南部に位置する小野町。北に船引町・大越町北東に滝根町、南にいわき市、西に郡山市・平田村と隣接。 町の中央を流れる右支夏井川。その川べりでは千本桜が美しい。ツツジの宝庫高柴山では山頂にかけて約3万株のヤマツツジが咲き乱れる。アズマギクが美しく咲く矢大臣山など心を彩る四季があります。 |
| 地 勢 |
| 人 口 |
| 小野町の地勢(位置) | |
| 北 緯 | 37度00分40秒〜37度21分30秒 |
| 東 経 | 140度30分54秒〜140度43分45秒 |
| 東 西 | 12.45km |
| 南 北 | 15.95km |
| 面 積 | 125.11km2 |
| 平成21年4月1日現在 | |
| 人 口 | 11,884人 (前年比 -103) |
| 男 | 5,793人 (前年比 -45) |
| 女 | 6,091人 (前年比 -58) |
| 世帯数 | 3,737世帯 (前年比 -2) |
| 住民基本台帳人口より |